夏目漱石 芥川龍之介 森 鴎 外 谷崎潤一郎 野 間 宏 三 木 清 夢野久作
[童謡] 夏目漱石作





  源兵衛が 練馬村から

  大根を  馬の背につけ

  お歳暮に 持て来てくれた



  源兵衛が 手拭でもて

  股引の  埃をはたき

  台どこに 腰をおろしてる



  源兵衛が 烟草をふかす

  遠慮なく 臭いのをふかす

  すぱすぱと 平気でふかす



  源兵衛に どうだと聞いたら

  さうでがす 相変らずで

  こん年も 寒いと言った



  源兵衛が 烟草のむまに

  源兵衛の 馬が垣根の

  白と赤の 山茶花を食った



  源兵衛の 烟草あ臭いが

  源兵衛は 好きなぢゝいだ

  源兵衛の 馬は悪馬だ

  

  

 [薔薇] 芥川龍之介歌集より





  すがれたる薔薇(さうび)をまきておくるこそふさはしからむ恋の逮夜は


  香料をふりそゝぎたるふし床より恋の柩にしくものはなし


  にほひよき絹の小枕(クツサン)薔薇色の羽ねぶとんもてきづかれし墓


  夜あくれば行路の人となりぬべきわれらぞさはな泣きそ女よ


  其夜より娼婦の如くなまめける人となりしをいとふのみかは


  わが足に膏(あぶら)そゝがむ人もがなそを黒髪にぬぐふ子もがな(寺院にて三首)


  ほのぐらきわがたましひの黄昏をかすかにともる黄蝋もあり


  うなだれて白夜の市をあゆむ時聖金曜の鐘のなる時


  ほのかなる麝香(じやかう)の風のわれにふく紅燈集の中の国より


  かりそめの涙なれどもよりそひて泣けばぞ恋のごとくかなしき


  うす黄なる寝台の幕のものうくもゆらげるまゝに秋は来にけむ


  薔薇よさはにほひな出でそあかつきの薄らあかりに泣く女あり


  

  

[沙羅の木] 森  鴎 外





  褐色の根府川石に



  白き花はたと落ちたり、



  ありとしも葉がくれに



  見えざりしさらの木の花。



  

 [谷崎潤一郎が詠んだ詩]







  けふより はまの木影を ただ頼む


  身は下草の 蓬なりけり


  さだめなき 身は住吉の 川のべに


  かはらぬまつの 色をたのまん


  


  
[小説 暗い絵 (冒頭部分)] 野 間  宏





 草もなく木もなく実りもなく吹きすさぶ雪風が荒涼として吹き過ぎる。はるか高い丘の辺りは雲にかくれた黒い日に焦げ、暗く輝く地平線をつけた大地のところどころに黒い漏斗形の穴がぽつりぽつりと開いている。その穴の口の辺りは生命の過度に充ちた唇のような光沢を放ち堆い土饅頭の真中に開いているその穴が、繰り返される、鈍重で淫らな触感を待ち受けて、まるで軟体動物に属する生きもののように幾つも大地に口を開けている。そこには股のない、性器ばかりの不思議な女の体が幾重にも埋めこまれていると思える。どういうわけでブリューゲルの絵には、大地にこのような悩みと痛みと疼きを感じ、その悩みと痛みと疼きによってのみ生存を主張しているかのような黒い円い穴が開いているのであろうか。遠景の、羞恥心のない女の背のようなくぼみのある丘には、破れて垂れさがる傘をもった背の高い毒茸のような首吊台がにょきにょき生えている。そして長い頸と足をもった醜い首吊人がひょろ高い木の枝にぶらさがり、長く伸びた爪先がひらひら地の上に揺れている。その傍には、同じように背の高い体の透いて骨の見える人々が長い列をつくって、首を吊ろうと自分の順番を待っている。痙攣した神経をあらわに見せる磯巾着の汚れた頭のように、何か腐敗した匂いを放って揺れている叢。



  

 [私の果樹園]  三 木 清








豊かな果樹園をつくるのは


  貴い魂にふさわしい仕事だ。





  それは孕める羊が産まぬ間に


  草原から草原へさまよい歩く


  遊牧の民のことではない。





  泣き叫ぶ声ききながら日の落ちぬ間に


  村から村を襲うて狂う


  暴虐な軍隊のことではない。





  また次の骰が投げられぬ間に


  町から町をかけめぐる


  苛立しい都会人のことでもない。


  豊かな果樹園をつくるためには、





  たましいの思慮と優しさと


  堪え忍びと安けさとが必要だ。


  それは天国を地上へもちきたす


  聖なる魂にさえふさわしい仕事だ。





  私も私の果樹園をつくろう。


  大きく拡り深く根をはるドイツ語で


  しっかりと伸びた果樹をつくり、


  美しさと味とに富んだギリシア語で


  彫刻的で生気ある実を結ばせよう。


  賑かなイギリス語で草をはやし、


  素樸なラテン語で垣をめぐらそう。


  アッシリア語で風車をつくるもいい。


  さてあるときはイタリア語で


  暖いふくよかな風をそよがせ、


  またあるときはフランス語で


  エスプリと香気との風を吹かせよう。





  して私は籠をさげ、斧をかつぎ、


  鋏をもち鎌をとって、


  私の果樹園へはいってゆこう。


  ホメロスを探そう、ヴィルヂルを尋ねよう。


  ダンテ、ゲーテ、バイロン、ヴェルレーヌ。


  聖なる言葉と美しい言葉とを尋ねよう。


  しかし豊かな私の果樹園では、


  愚なる言葉も醜い言葉も


  みな一様に栄え茂っているから、


  私のもとめる収穫はなかなか困難だ。





  でも今年の花はどこへ散ったのであろう。


  来る年の草の芽はどこにもとめよう。


  そして去年の雪はどこにたずねよう。


  

  

[黒い頭] 夢 野 久 作







 ヒイラ、フウラ、ミイラよ
 ミイラのおべべが赤と青
 そうしておかおが真黒け
 四つよく似たムクロージ
 五ついつまでねんねして
 六つむかしの夢を見て
 何千万何億年
 やっとこさあと眼がさめて
 九つことしはおめでとう
 とんだりはねたり躍ったり
 とうとう一貫借りました。
 花子さんは夢中になってお友達と羽子をついているうちに、羽子板のうらの美しい姉さんの顔の頬ぺたが、いつの間にか羽子のムクロジに当って、ポコンと凹んでいるのを見つけました。
 花子さんはわっと泣き出して、おうちへ駈け込んで、お母さんの膝へ泣き伏しました。
「お母さん、堪忍して頂戴。羽子板の姉さんのお顔がこんなになりました」
 お母さんは背中を撫で、
「そうですか、構いません。これから大切になさい。もう日が暮れますから、御飯をたべておやすみなさい」
 と云われました。
 花子さんは羽子板の美しい姉さんの顔が可愛そうでなりませんでした。どうかしてもとの通りにならないかと思い、ひょいと顔を上げて枕元に置いた羽子板を見ると、ビックリしました。美しい姉さんは、いつの間にか羽子板を抜け出して枕元に座って、頬ペタの大きく凹んだ処を押えてシクシク泣いています。
 花子さんは思わず飛起きて、飛び付きました。
「あら、姉様、堪忍して頂戴。妾が悪いのですから」
 と泣き声を出してあやまりましたが、姉さんは中々眼をあけません。奇麗な袖で顔を押えて、シクシク泣いているばかりです。花子さんはどうしようかと思いました。
 ところへどこからか、
「それは花子さんが悪いのではない。私が悪いのです」
 と云うしわがれた声が聞えました。驚いて姉さんと花子さんとが顔を挙げてそちらを見ますと、それは恐ろしい、真黒い、骸骨のような木乃伊でした。
 木乃伊は赤と青の美しい着物を引きずって、恐ろしさにふるえている姉さんと花子さんの傍へしずしずと近寄りながら、白い歯を出してニッコリ笑いました。
「御心配なさいますな。私が姉さんの頬の凹んだ処はきっと直して上げます」
 と云ううちに二人を抱き上げて、赤と青の着物をパッと広げると、そのまま大空はるかに舞い上りました。
 二人は夢のようになって抱かれて行きますと、木乃伊の青と赤の着物は雲の中をひるがえりひるがえり、お太陽様も星も月もはるか足の下にして飛んで行きます。やがて下の方に三角の塔や椰子(やし)の樹や大きな川や繁華な都が見えて来ました。木乃伊はそれを指して、
「あれが私の故郷のエジプトの都です。三角の塔はピラミッドで、川はナイル河という河です」
 と云う中に、都の中で一番大きな建て物の窓から中へ降りて行きました。その時気が付きますと、木乃伊はいつの間にか当り前の人間の、しかも立派な王様の姿にかわっておりました。
 王様はニッコリ笑って申しました。
「私はこのエジプトの王ラメスというものです。昨日、花子さんが私の生まれ代りの羽子のムクロジにあたたかい息を何べんもはきかけて下さいましたので、二千年も昔に生き返る事が出来たのです。その御礼に今日は国中の者を集めて御馳走をします」
 やがて三人は眼もまばゆい大広間に来ると、王様を真中に、姉さんは右に、花子さんは左に腰をかけました。
 先ずこの国第一のお医者が来て姉さんの鼻をフッと吹きますと、姉さんの頬ペタは忽ちもとの通りにふくらみました。それから、二人ではとても食べ切れぬ程の珍らしい御馳走をいただきました。それから、この国中の踊りの名人の舞踏を見せてもらいました。
 とうとうおしまいには王様も堪(たま)らなくなったとみえて、
「久し振りだからおれも一つ踊ろう」
 と飛び出して踊り出しました。
 その時王様はこう云って唄いました。
 ヒイラ、フウラ、ミイラよ
 ミイラの王様お眼ざめだ
 赤い青いおべべ着て
 黒いあたまをふり立てて
 はねたり飛んだりまわったり
 五ついつまでいつまでも
 むかしのまんまのひとおどり
 なんでもかんでも無我夢中
 やめずにとめずに九(ここの)とう
 とうとう日が暮れ夜が明けて
 いつまで経(た)っても松の内
 花子さんも羽子板の姉さんも夢中になって見ておりますと、王様の踊りはだんだんはげしくなって、次第次第に高く飛び上って、とうとう大広間の天井を突(つき)破って、虚空はるかに飛び上って、どこへ行ったか見えなくなってしまいました。
 ハッと思って気がつきますと、夜が明けて、花子さんは矢張り寝床の中にいて、羽子と羽子板をしっかりと抱いているのでした。
 羽子板の姉さんの頬はいつの間にか、またもとの通りにふっくらとなっておりました。
  

詩心ごんどら