[私の果樹園]  三 木 清








豊かな果樹園をつくるのは


  貴い魂にふさわしい仕事だ。





  それは孕める羊が産まぬ間に


  草原から草原へさまよい歩く


  遊牧の民のことではない。





  泣き叫ぶ声ききながら日の落ちぬ間に


  村から村を襲うて狂う


  暴虐な軍隊のことではない。





  また次の骰が投げられぬ間に


  町から町をかけめぐる


  苛立しい都会人のことでもない。


  豊かな果樹園をつくるためには、





  たましいの思慮と優しさと


  堪え忍びと安けさとが必要だ。


  それは天国を地上へもちきたす


  聖なる魂にさえふさわしい仕事だ。





  私も私の果樹園をつくろう。


  大きく拡り深く根をはるドイツ語で


  しっかりと伸びた果樹をつくり、


  美しさと味とに富んだギリシア語で


  彫刻的で生気ある実を結ばせよう。


  賑かなイギリス語で草をはやし、


  素樸なラテン語で垣をめぐらそう。


  アッシリア語で風車をつくるもいい。


  さてあるときはイタリア語で


  暖いふくよかな風をそよがせ、


  またあるときはフランス語で


  エスプリと香気との風を吹かせよう。





  して私は籠をさげ、斧をかつぎ、


  鋏をもち鎌をとって、


  私の果樹園へはいってゆこう。


  ホメロスを探そう、ヴィルヂルを尋ねよう。


  ダンテ、ゲーテ、バイロン、ヴェルレーヌ。


  聖なる言葉と美しい言葉とを尋ねよう。


  しかし豊かな私の果樹園では、


  愚なる言葉も醜い言葉も


  みな一様に栄え茂っているから、


  私のもとめる収穫はなかなか困難だ。





  でも今年の花はどこへ散ったのであろう。


  来る年の草の芽はどこにもとめよう。


  そして去年の雪はどこにたずねよう。


  

  

詩心ごんどら文豪の詩