どんたく

絵入り小唄集

竹久夢二




こはわが少年の日のいとしき小唄なり。
いまは過ぎし日のおさなきどちにこのひとまきをおくらむ。
お花よ、お蝶よ、お駒よ、小春よ。太郎よ、次郎よ、草之助よ。げに御身たちはわがつたなき草笛の最初のききてなりき。

どんたく

 歌時計

ゆめとうつつのさかひめの
ほのかにしろき朝の(とこ)
かたへにははのあらぬとて
歌時計(うたひどけい)のその(うた)
なぜこのやうに悲しかろ。
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 ゆびきり

(ゆび)をむすびて「マリヤさま
ゆめゆめうそはいひませぬ」
おさなききみはかくいひて
涙うかべぬ。しみじみと
雨はふたりのうへにふる
またスノウドロツプの花びらに。
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 紡車

しろくねむたき春の昼
しづかにめぐる紡車(いとぐるま)
をうなの指をでる糸は
しろくかなしきゆめのいと
をうなの(うた)ふその歌は
とほくいとしきこひのうた。
たゆまずめぐる紡車(いとぐるま)
もつれてめぐる(ゆめ)(うた)
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 人買

秋のいり日はあかあかと
蜻蛉(とんぼ)とびゆくかはたれに
(へい)のかげから(あを)頭巾(づきん)

「やれ人買(ひとかひ)ぢや人買(ひとかひ)ぢや
どこへにげようぞかくれうぞ」
赤い蜻蛉(とんぼ)がとびまはる。
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 六地蔵

背合(せなかあはせ)六地蔵(ろくぢざう)
としつきともにすみながら
ついぞ(かほ)みたこともない。
でもまあ()にもならぬやら
いつきてみても(とし)とらず
赤くはげたる涎掛(よだれかけ)
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 越後獅子

角兵衛獅子(かくべゑじし)のかなしさは
(おや)太鼓(たいこ)うちや()がおどる。
(また)のしたから(たうげ)をみれば
もしや越後(ゑちご)の山かとおもひ
泣いてたもれなともどもに。

角兵衛獅子(かくべゑじし)()のつらさ。
輪廻(りんね)はめぐる小車(をぐるま)
蜻蛉(とんぼ)がへりの()もくれて
旅籠(やど)をとろにも(ぜに)はなし
あひの土山(つちやま)あめがふる。
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 赤い木の実

(ゆき)のふる日に小兎(こうさぎ)
あかい()()がたべたさに
(おや)のねたまに(やま)をいで
(しろ)(もん)まできはきたが
あかい()()はみえもせず
(みち)はわからず日はくれる
ながい廊下(らうか)(まど)のした
なにやら赤いものがある
そつとしのむできてみれば
こは姫君(ひめぎみ)のかんざしの
珊瑚(さんご)のたまかはつかしや
たべてよいやらわるいやら
(うさぎ)はかなしくなりました。
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 鐘

村で名代(なだい)鐘撞男(かねつきをとこ)
月がよいのでうかうかと
(かね)をつくのもつひわすれ
()のつく(まち)がこひしさに
山から(みなと)へではでたが
日がくれるのに山寺(やまでら)
(かね)はつんともならなんだ
村長(そんちやう)さまはあたふたと
鐘撞堂(かねつきだう)へきてみれば
伊部徳利(いんべとくり)に月がさし
ちんちろりんがないてゐた。
アトレの馬ではあるまいし
(かね)がならうがなるまいが
子供のしつたことでなし
うらの菜園(さゑん)(しひ)の木に
ザボンのやうな月がでた。
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 ゆく春

くれゆく春のかなしさは
白髪頭(しらがあたま)蒲公英(たんぽぽ)
むく()がついついとんでゆく
風がふくたびとんでゆき
若い()そらで禿頭(はげあたま)


くれゆく春のかなしさは
(あざみ)の花をつみとりて
とんとたたけば馬がでる
そつとはらへば牛がでる
でてはぴよんぴよんにげてゆく。
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 くすり

(ゆき)はしんしんふりしきる。
炬燵(こたつ)にあてたよこはらが
またしくしくといたむとき。

雪はしんしんふりしきる。
しろくつめたき(こな)ぐすり
熱ある(した)にしみるとき。

雪はしんしんふりしきる。
(きい)(ふくろ)石版(いしずり)
異形(いぎやう)(むし)のわざはひか。

雪はしんしんふりしきる。
(ぎん)ぎらぎんのセメン(ゑん)
とのもは雪のつむけはひ。
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 雀踊

青い(まゆ)したたをやめが
(きん)墨絵(すみゑ)(あふぎ)にて
そつとまねけばついとくる
はらりとひらけばぱつととぶ。
(すゞめ)おどりのおもしろさ
  やんれやれやれやせうめ
  (きやう)の町のやせうめ
  うつるるものはみせうめ
あれあれあれとみるほどに
奴姿(やつこすがた)小雀(こすゞめ)
(やま)のあなたへとびさりぬ。
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 わたり鳥

日本(にほん)の春のこひしさに
シイオホスクの海角(みさき)より
はるばる波をわたり(どり)

庄屋(しやうや)(のき)()をかけて
(ひゝな)を六()うんだれど
()(ひな)(しに)ました。
のこる三()はの()
毛虫(けむし)がすきでたべました。

やんがてのうれるころ
日本(にほん)(しま)をあとにして
まだみもしらぬ故郷(ふるさと)
親子(おやこ)もろともいにました。
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 納戸の記憶

(ふね)酒船(さかぶね)(ちち)(ふね)
三十五(たん)()をまくや
玄海灘(げんかいなだ)(なつ)(くも)

(きみ)馬関(ばくわん)(うた)うたひ
(かみ)にさしたる青玉(エメラルド)
あだな(みなみ)のニグレスが
こころづくしの貢物(みつぎもの)

(かぜ)のたよりをまちわびて
行燈(あんど)のかげのものおもひ
(びん)のほつれをかきあぐる
(ぎん)のかざしのかなしさか
(はゝ)(かひな)のさみしさか。
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 おしのび

(むかし)アゼンに(わう)ありき。
()にさく(はな)のめでたさに
ひとり田舎(ゐなか)へゆきけるが
にわかに(あめ)のふりいでて
(わう)(へそ)までうまりける。
それより(わう)はわすれても
()田舎(ゐなか)へゆかざりき。
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断章
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   1
ドンタクがきたとてなんになろ
子供は芝居(しばゐ)へゆくでなし
馬にのろにも馬はなし
しんからこの()がつまらない。

   2
おうちに屋根(やね)がなかつたら
いつも月夜(つきよ)でうれしかろ。
あの門番(もんばん)()んだなら
あの(かき)とつてたべよもの。
世界(せかい)時計(とけい)がなかつたら
さみしい(よる)はこまいもの。

   3
もしも地球(ちきう)金平糖(こんぺいたう)
(うみ)がインクで(やま)()
(あめ)香桂(につけ)であつたなら
なにをのんだらいいだろう。
学校(がくかう)先生(せんせい)もしらなんだ
国王様(こくわうさま)もしらなんだ。

   4
この紅茸(べにたけ)のうつくしさ。
小供(こども)がたべて(どく)なもの
なぜ神様(かみさま)はつくつたろ。
(どく)なものならなんでまあ
こんなにきれいにつくつたろ。

   5
ままごとするのもよいけれど
いつでもわたしは子供役。
子供が子供になつたとて
なんのおかしいことがあろ。

   6
どんなにおなかがひもぢうても
日本(にほん)の子供はなきませぬ。
ないてゐるのは(なみだ)です。

   7
(はか)のうへに雨がふる。
あめあめふるな雨ふらば
(ぢゆう)(たふ)()をかけた
かわい小鳥(こどり)がぬれよもの。
松の(こずゑ)(かぜ)がふく。
かぜかぜふくな風ふかば
けふ()だちした(とび)()
(みち)をわすれてなかうもの。

   8
ひろい空からふる雨は
森のうへにも牧場(まきば)にも
びつくり(さう)にも小鳥(こどり)にも
みんなのうへにふるけれど
子供のうへにはふりませぬ。
それは子供の母親が
シヤツポをきせてくれるから。

   9
枇杷(びは)のたねをばのみこんだ。
おなかのなかへ枇杷の木が
はえるときいてなきながら
枇杷のなるのをまつてたが
いつまでたつてもはえなんだ。

   10
めんない千鳥(ちどり)の日もくれて
おぼろな春のうすあかり
この由良(ゆら)(おに)のいとほしさ
ほどいてたもとなきいでぬ。

   11
越中(ゑつちゆう)富山(とやま)薬売(くすりう)
おはぐろとんぼがついとでて
白いカウモリ(がさ)()にとまり
また()まわりの()にとまり
ついととんではまたもどる。

   12
遍路(へんろ)さんお遍路さん
おやまのむかふは雨さうな
(あられ)をおくれ(まめ)おくれ
まめがなけねばこの(みち)法度(はつと)

   13
(また)のしたから(ふもと)をみれば
さても絵のよなよい景色(けしき)
どこの町ぞときいたらば
それはわたしの村でした。

   14
(おさ)()をやめ(うた)ふをきけば
――もつれた(いと)なら
  ほどけもせうが
  きれた糸ゆゑ
  せんもなや。
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少年なりし日
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 人形遣

「めでたやなめでたやな
さりとはめでたやめでたや」と
(こん)布簾(のれん)のつまはづれ
人形遣(にんぎよつかひ)がきたさうな。

母のかげよりそとみれば
人形遣のうら若く
「ま、どうしよぞいの」と()きいれば
襟足(えりあし)しろくいぢらしく
人形の小春(こはる)もむせびいる。

もののあはれかふるあめか
もらひなみだの母の(そで)
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 雪

赤いわたしの襟巻(えりまき)
ふわりとおちてふときえる
つもらぬほどの春の雪。
  これが砂糖(さたう)であつたなら
  乳母(うば)もでてきてたべよもの。
ロシア更紗(ざらさ)毛布団(けぶとん)
そつとぬけでてつむ雪を
(ぎん)のかざしでさしてみる
(そめ)(かみ)牡丹雪(ぼたんゆき)

番蔵(ばんぐら)()のまへで
手招(てまね)きをするとうじさん
顔ににげない白い手で
ひねり(もち)をばくれました。

納戸(なんど)のおくはほのくらく
紀州蜜柑(きしうみかん)()もあはく
指にそまりし黄表紙(きべうし)
炬燵(こたつ)絵本(ゑほん)をよみました。

(まど)からみれば下町(したまち)
(かど)床屋(とこや)のガラス()
大阪下(おほさかくだ)雁二郎(がんじろ)
春狂言(はるきやうげん)のびらの絵が
雪にふられておりました。
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 かくれんぼ

(まめ)(はたけ)にみいさんと
ふたりかくれてまつてゐた。

とほくで(おに)のよぶ声が
(かぜ)のまにまにするけれど
ちらちらとぶは(とり)(かげ)

まてどくらせど鬼はこず。
(もり)のうへから月がでた。
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 郵便函

郵便函(ゆうびんばこ)がどうしたら
そんなにはやくあるくだろ。
わたしの神戸(かうべ)のおばさまへ
わたしのすきなキヤラメルを
おくるやうにとしたためて。
郵便函へあづけたが
三つほどねたそのあした
わたしのすきなキヤラメルは
ちやんとわたしについてゐた。
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 山賊

乳母(うば)在所(ざいしよ)は草わけの
山また山の奥でした。
ある日のことに(あね)として
乳母(うば)をたづねにゆきました。
わたしは土産(みやげ)を腰につけ
(あね)日傘(ひがさ)をさしかけて
赤土色(あかつちいろ)山路(やまみち)
とぼとぼあゆむ午下(ひるさが)り。
あゆみつかれて(みち)ばたの
一本松に腰かけて
虎屋饅頭(とらやまんじゆう)をたべながら
やすむでゐると木蔭(こかげ)より
髯武者面(ひげむしやづら)山賊(さんぞく)
ぬつくとばかりあらはれた。
すわことなりとおもへども
どうすることもなきごえに
「おつつけ伴者(つれ)のくる時刻(じぶん)
きこえよがしに(あね)のいふ
「どうして伴者(つれ)はくることか」
わたしは(あね)にききました。
さうするうちに山賊(さんぞく)
(こし)太刀(だんびら)おつとりて
のそりのそりとやつてきた。
もう殺すかとおもふたら
殺しもせいでたちとまり
「どこへおじやる」ときくゆゑに
つつみかくさずいひますと
「よいお()たち」とほめながら
(たうげ)をおりてゆきました。

乳母(ばあや)はきいて大笑ひ
「なんの(ぞく)などでませうぞ」
それは木樵(きこり)でありました。
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 おさなき夢

夢のひとつは かくなりき。

青き頭巾(づきん)をかぶりたる
人買(ひとかひ)()にないじやくり
山の(みさき)をまはるとき
広重(ひろしげ)(うみ)ちらとみき。
旅の道者(だうじや)がせおいたる
天狗(てんぐ)(めん)のおそろしさ
にげてもにげてもおふてきぬ。
伊勢(いせ)の国までおちのびて
二見(ふたみ)(うら)にかくれしが
ここにもこわや切髪(きりかみ)
淡島様(あはしまさま)千羽鶴(せんばづる)
一羽(いちは)がとべばまた一羽(いちは)
岩のうへより鳥居(とりゐ)より
空一面のうろこ雲。
顔もえあげずなきゐたり。
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 草餅

ある日学校へゆく(みち)
(きい)(ふくろ)がおちてゐた
ひろうてみればこはいかに
それは財布(さいふ)でありました。
「さあ大変ぢや大変ぢや
(ぜに)をひろへば尋人(たづねびと)
有司(おかみ)へよばれようおお(こは)や」
みながはやせばとつおいて
財布(さいふ)を指でさげたまゝ
こりやまあどうしたものだらう。
そこへおりよく先生が
おいでなされて「やれやれ」と
財布をとつてくれました。

それから(うち)へかへつたが
どうも財布が気にかかり
母の(なさけ)草餅(くさもち)
どうまあ咽喉(のど)をこすものぞ
食べずに泣いておりました。
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 嘘

なげた石
鳥居(とりゐ)のうへにのつかれば
どんな(ねがひ)もかなへんと
氏神様(うぢがみさま)はのたまひぬ。

鳥居のしたにあつまりし
太郎(たらう)次郎(じらう)草之助(さうのすけ)
(なに)がほしいときいたらば
太郎がいふには犬張子(いぬはりこ)
次郎がいふにはぶんまはし
()きた馬をば草之助。
(ねがひ)をこめてなげた石
首尾(しゆび)よく鳥居へのつかつた。

石は鳥居へのつたれど
いまだに(なに)もくださらぬ。
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 どんたく

どんたくぢやどんたくぢや
けふは朝からどんたくぢや。

(まち)(かど)では早起きの
飴屋(あめや)太鼓(たいこ)がなつてゐる
「あアこりやこりやきたわいな」
これは九州(きうしう)長崎(ながさき)
丸山名物(まるやまめいぶつ)ぢやがら(たう)
子様(こさま)がたのお()ざまし
(あま)くて(から)くて(すつぱ)くて
きんぎよくれんのかくれんぼ
おつぺけぽうのきんらいらい」

観音堂(くわんのんだう)境内(けいだい)
のぞきからくり犬芝居(いぬしばゐ)
「ものはためしぢやみてござれ
北海道で生捕(いけど)つた
一本(いつぽん)()のないももんがあ
絵看板(ゑかんばん)にはうそはない
生きてゐなけりや(ぜに)やいらぬ」

可哀(かあい)さうなはこの子でござい
因果はめぐる水車(みづぐるま)
一寸法師(いつすんほふし)(つな)わたり
あれ千番(せんばん)一番(いちばん)
(かね)がなろともお泣きやるな」

「やあれやれやれやれきたわいな
のぞきや八文(はちもん)天保銭(てんぽせん)
花のお江戸は八百八町(はつぴやくやちやう)
(おと)にきこえた八百屋(やほや)の娘
(とし)十五(じふご)丙午(ひのえうま)
そなたは十四(じふし)であらうがの
いえいえ十五(じふご)でござんする。
八百屋(やほや)(しち)がおしおきの
()がとまれば千客様(せんきやくさま)
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 郵便脚夫

郵便(いうびん)ほい
おかみの御用でゑっさっさ」
郵便脚夫(きやくふ)のうしろから
学校がへりの子供らは
ゑっさもっさとついてゆく。
「郵便ほい
おかみの御用でもっさっさ」
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 江戸見物

江戸(えど)をみせよう」源六(げんろく)
耳をつまんでつりあげた。
いたさこらへて(ひがし)をみれど
どれが江戸やら山ばかり。
「なんとみえたであらうがな」
「みえはみえたが浅草(あさくさ)
上野(うへの)もやつぱり山だらけ」
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 七つの桃

七人(しちにん)
遊仲間(あそびなかま)のそのひとり
水におぼれてながれけむ。
芥子(けし)(かみ)(みづ)()
うきつしづみつみえかくれ。
「よくも死人(しにん)をまねたり」と
白痴(ばか)忠太(ちゆうた)は手をたたく。
(みづ)にもぐりて(ひし)()
とりにゆけるとおもひしが。
(ひと)(いへ)より(はたけ)より
ただごとならぬけはひにて
はしりて(かは)にあつまりぬ。
人のひとりは水にいり
人のひとりは小舟(こぶね)より
死骸(しがひ)を岸にだきあげぬ。
()んだ死んだ」と(をど)りつつ
忠太は村をふれあるく。
白い(きぬ)きた葬輦(さうれん)
暑い日中(ひなか)をしくしくと
鳥辺(とりべ)の山へいりしかど
そは何事(なにごと)かしらざりき。
ひとりは(はか)へゆきければ
(なゝ)つの(ゆび)()つおりて
(ひと)つのこしてみたれども
死んでなくなることかいな
いつか墓よりかへりきて
七つの(もゝ)をわけようもの。
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 猿と蟹

わたしが(さる)(いもうと)
あはれな(かに)でありました。

猿はひとりでの実を
木に(こし)かけてたべました。
(にい)さんひとつ頂戴(ちやうだい)よ」
あはれな蟹がいひました。
「これでもやろ」と(しぶがき)
なげてはみたがかあいそで
()いのもたんとやりました。
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 加藤清正

紙の(よろひ)清正(きよまさ)
(とら)退治(たいぢ)(たけ)(やり)
屋根(やね)のうへにて(ねむ)りゐし
(ねこ)をめがけてつきければ
虎は屋根よりころげおち
(えん)のしたへとかくれけり。

さすがに(たけ)き清正も
虎のゆくえの気にかかり
()()なこわき(ゆめ)をみき。
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 禁制の果実

白壁(しらかべ)
戯絵(ざれゑ)をかきし(とが)として
くらき土蔵(どざう)へいれられぬ。
よべどさけべど(たれ)ひとり
小鳥(ことり)をすくふものもなし。
泣きくたぶれて長持(ながもち)
(ふた)をひらけばみもそめぬ
未知(みち)の世界」の夢の()
ちいさき(たま)()にそはず。

窓より夏の日がさせば
国貞(くにさだ)ゑがく絵草紙(ゑざうし)
偐紫(にせむらさき)」の(きり)(はな)
(ひかる)(きみ)(そで)にちる。

摩耶(まや)谷間(たにま)にほろほろと
頻迦(びんが)(とり)の声きけば
悉多太子(しつたたいし)も泣きたまふ。

魔性(ましやう)蜘蛛(くも)()にまかれ
白縫姫(しらぬひひめ)添臥(そひぶ)しの
風は白帆(しらほ)の夢をのせ
いつかうとうとねたさうな。

(くら)の二階の金網(かなあみ)
赤い夕日がかっとてり
さむれば母の(ひざ)まくら。
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日本のむすめ
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 宵待草

まてどくらせどこぬひとを
宵待草(よひまちぐさ)のやるせなさ

こよひは月もでぬさうな。
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 わすれな草

(たもと)の風を身にしめて
ゆふべゆふべのものおもひ。
()ずえはるかにみわたせば
わかれてきぬる窓の()
なみだぐましき(ひかり)かな。

(たもと)をだいて木によれば
やぶれておつる(ふみ)がらの
またつくろはむすべもがな。

わすれな(ぐさ)
なれが()
なづけしひとも泣きたまひしや。
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 夏のたそがれ

タンホオルの(かね)
さはやかになりいづれば
トラピストの(あま)
こころしづかに(ゆふべ)祈祷(いのり)をささげ
すぎし(はる)をとむらふ。

柳屋(やなぎや)のムスメは
はでな浴衣(ゆかた)をきて
いそいそと鈴虫(すゞむし)をかひにゆく

――夏のたそがれ。
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 うしなひしもの

夏の(まつり)のゆふべより
うしなひしものもとめるとて
紅提燈(べにちやうちん)()をつけて
きみはなくなくさまよひぬ。
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 芝居事

雪のふる夜のつれづれに
(あね)小袖(こそで)をそとかつぎ
‥‥‥でんちうぢやはりひじぢや
しまさんこんさんなかのりさん‥‥
おどりくたびれ袖萩(そではぎ)
肩に小袖をうちかけて
なみだながらの芝居事(しばゐごと)
「さむかろうとてきせまする」
このまあつもる雪わいの。
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 花束

ありのすさびに
花をつみてつがねたれど
おくらむひともなければ
こころいとしづかなり。
されどなほすてもかねつつ
ゆふべの(かね)をかぞへぬ。
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 たそがれ

たそがれなりき。かなしさを
そでにおさへてたちよれば
カリンの花のほろほろと
(かみ)にこぼれてにほひけり。

たそがれなりき。(みち)をきく
まだうら若き旅人(たびびと)
(まゆ)黒子(ほくろ)のなつかしく
後姿(うしろすがた)のなかれけり。
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 かへらぬひと

花をたづねてゆきしまま
かへらぬひとのこひしさに
(をか)にのぼりて()をよべど
幾山河(いくやまかは)白雲(しらくも)
かなしや山彦(こだま)かへりきぬ。
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 よきもの

「よきものをあたへむ」ときみのいふゆゑ
ゆびきりかまきりいつはりならじと
きみのいふゆゑ
(もん)のそとにてきみまちぬ。

井戸(ゐど)のほとりの丁子(ちやうじ)の花よ。
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 見知らぬ島へ

ふるさとの山をいでしより
旅にいくとせ
ふりさけみれば涙わりなし。

ふるさとのははこひしきか。
いないな
ふるさとのいもとこひしきか
いないないな。
うしなひしむかしのわれのかなしさに
われはなくなり。

うき旅の(みち)はつきて
あやめもわかぬ(みさき)にたてり。

すべてうしなひしものは
もとめむもせんなし。
よしやよしや
みしらぬ島の
わがすがたこそは
あたらしきわがこころなれ。

いざや いざや
みしらぬ島へ。
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 てまり

‥‥‥ひや ふや おこまさん
  たばこのけむりは丈八(じやうは)っあん‥‥
とんとんとんとつくてまり
しろい指からはなれては
(てふ)()のはをなぶるよに
やるせないよにゆきもどり。
ゆらゆらゆれる伊達帯(だらり)から
江戸紫(えどむらさき)の日がくれる
‥‥‥みや よや
  夕霧さん‥‥‥‥
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 たもと

そつといだけばしんなりと
あまへるやうにしなだれかゝる
――わたしのたもと。

はづかしさの(かほ)をおほへど
つゝむにあまるうれしさがこぼれでる
――わたしのたもと。

わたしのかなしみも
わたしのよろこびも
みんなおまえはしつてゐる
――にくらしいたもとよ。
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 かげりゆく心

母にそむきしその()より
白壁(しらかべ)によるならはせに
露草(つゆぐさ)の花さきにけり。

こゝろもとなき夕月(ゆふづき)
夢の小径(こみち)にきえゆけば
ねもたえだえに虫なけり。
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 雀の子

とこどんどこぴいひやらひやあ
(むぎ)(はたけ)を風がふく。

役者(やくしや)(むれ)をはぐれたる
子供(ごゝろ)のはかなさは
‥‥‥うちの(うら)のちさの木に
  (すゞめ)が三羽とうまつて
  一羽の雀がいふことにや
  ゆうべござつた花嫁御(はなよめご)
  なにがかなしゆてお泣きやるぞ
  おなきやるぞ‥‥‥

ゆうべの芝居のその(うた)
いまのわが身につまされて
ほろりほろりとないてゆく。
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 異国の春

につぽんムスメのなつかしさ
牡丹(ぼたん)芍薬(しやくやく)やま(ざくら)
金襴緞子(きんらんどんす)のオビしめて
ふりのたもとのキモノきて
丹塗(にぬり)のポクリねもかろく
からこんからことゆきやるゆえ
どこへゆきやるときいたらば
(むすめ)ざかりぢや花ぢやもの
後生(ごしやう)よいよに(てら)まゐり。
寺まゐり。
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 白壁へ

ふたりはかきぬ。
「しらぬこと」

ふたりはかきぬ。
「よろこび」と

ふたりはかきぬ。
「さよなら」と。




底本:「どんたく」中公文庫、中央公論社
   1993(平成5)年7月10日発行
底本の親本:「どんたく」実業之日本社
   1913(大正2)年11月発行
入力:星夕子
校正:Juki
2000年10月12日公開
2006年1月11日修正
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詩心ごんどら