猫股 (2012.5.22改訂)

 

 

 

(前編)尻尾で書かれた手紙

 

 

拝啓

 猫堀ご夫妻、お元気でしょうか。あの春、東京を去って以来、何年経ったのでしょう。その間、残念ながら僕には東京へ行く機会は一度もありませんでしたし、筆不精のためとはいえ、メール一つさしあげませんでした。ですから、僕こと亀戸天之助のことなどは、とっくにお忘れになっているかもしれません。しかし、僕はあれから何度か貴方がたに会っているような気がしてならないのです。

 今日、突然便りをする気になったのは、「醒めている者には一つの共通の世界があるが、眠っている人間では、各人が自分自身の《私の世界》に退いている」というギリシャの哲人の言葉を思い出したからです。つい先達ての春霞の中での出来事は夢だったのでしょうか、まぎれもない事実だったのでしょうか。もし夢ではなく事実であったのならあなたがたご夫妻も僕が今からお話しする体験を、珍妙な事実として既に僕と同時に体験されていることと思います。「夢は過去を再び生きることだ」と言った人もいます。もしあの体験が夢であったのなら僕は過去の町を独りで彷徨っていたことになるのでしょうか。

 貴方がたの好きな猿股の話ではなくどちらかというと貴方がたご自身の股(猫股)に近い話なので恐縮なのですが、是非お聞き下さい。

 

 あの日、新幹線の電車を一歩降りると懐かしの東京は限りなく拡がっていました。ホームには人、人、人。顔、顔、顔。それは誰でもなく、ただの人であり、ただの顔でしかありません。脚は脚で九州産のものもなければ広島産のものもありません。皆、東京の歩調で歩いていました。でも、長い間田舎に籠っていた僕にとっては却ってそのことがとても嬉しいことのように思えました。

 改札口です。僕はコートのポケットから切符を出し損ねて落としてしまいました。拾おうとして視線を床に落とした時―――今思い起こしてみると軽い耳鳴りに煩わされるようになったのはこの時からのような気がするのですが―――僕は不思議なものを見つけたのです。―――足跡。誰がこんな悪戯をしたのだろう。まるで墨でも踏んだ足で歩き廻ったようにはっきりとした裸足の足型が無数についているのです。でも、行き交う人々のなかには一人としてそんなものに頓着する者はいません。俄東京人とはいえ、ともかく都会人らしく振舞ってみようと思い、僕は既にベルが鳴っている中央線の赤電車に飛乗ったのです。と、いきなり若い女性のミニスカートが目に飛込んできたのが悪かった。いや、もっと正確に言えば、そのう、・・。ともかく僕の視線は彼女によって床に敲き落とされたのでした。そして、そこで見たのがまたしてもあの黒い足跡だったのです。

 顔を上げれば常に刺激的な世界があり、そしてその世界にはいつも為体の知れない何者かに脅迫されている現実がある。それが都会だ。東京だ。そう思った僕にはとても顔を上げるほどの勇気は起きてきませんでした。仕方なく奇怪な足跡と付き合っていると妙な事に気付きました。左の足跡にはくっきりした土踏まずがあるのに右のそれには、土踏まずが全くない。完全な偏平足です。あまり大きくはないが子供のものではないようです。なんとなく鄙猥な男の臭いが漂ってきます。

 お茶の水の駅のホームにはもはや足跡であることが判別できないほど幾重にも黒い染みが重なり合っていました。ここで地下鉄に乗り換えです。真新しい電車がやってきました。新車に違いありません。あの頃、ここと高田馬場とをこの電車で何往復したのでしょうか。今は、新しい電車の中に新しい学生がたむろしています。新しい学生などという表現を使うと貴夫妻はお笑いになるかもしれませんが、僕にとって東京は常に学生の町であり、喩え背広を着てそこに住着いていたとしても、東京にいる自分自身は常に学生なのです。そして親友は(喩え、親友自身がそれを否定しようとも)常に学生時代の所産であるのです。ですから、貴夫妻も学生時代からの僕の親友であったことに異議を挟むことは許されないのです。結婚式の会場は、高田馬場の駅を降りると昔アパートがあった所の反対側の道を七、八分歩いた所にありました。不快な足跡は、もうここには疎らにしかついていなかったのですが、式場に着いてみると、「青江家、真部家の結婚式―――都合により中止」という札が下がっていました。受付で理由を聞いてみると、なんでも花嫁さんが、日本髪を結っている最中に吐気と眩暈をうったえるので、心配した花婿すなわち学生時代の友人青江広雄がすぐさま病院へ連れていったということでした。どこの病院かと聞いても解からない。これでは、全く何のためにはるばる東京へやってきたのか。けれどもしかたがないので、すごすごと引き返すと、またあの忌まわしい足跡に出会いました。何故、こうもこの足跡を不快に感じるのかと思ってみても解かりません。足跡は、駅を越して元のアパートの方向へ夥しく続いています。これだけの通行人がいて、ここでも誰一人として足跡に注意を払う者がいないとは。東京とは本当に不思議な所です。腹がへってきました。見渡すと“ミケド”という看板が目に入ってきました。いやにけばけばしいネオンがついているとは思ったのですが、入ってみて驚きました。昔はここでよくアジの干物のおかずがついたネコマンマ定食を食べたものですが、今ではゲームセンターに様変わりしていたのです。しかたなく空いている席の椅子に腰掛けて百円玉を入れてみました。すると、ホリー・ヴァランスの“Kiss Kiss”の曲が流れ画面いっぱいに黒猫が現れました。どういうわけか、真中の奴だけは、ピンクの猫です。どうやらこいつを落としたら点数が高いらしい。左下のつまみを操作しながら狙いをつけて右手で玉の出るボタンを押すのですが、なかなか当たりません。やっと当たったと思ったら黒猫の場合とは違って、ピンクの猫は消滅しないで「イヤン」とか「エッチ」とか「バカン」とか「イヤ」「ダメヨ」など妙に色っぽい声を出すだけなのです。たまたま尻尾に当たったら、その尻尾がとれてピンクの猫の襟巻きになりました。ピンク猫は益若つばさのようなスタイルで踊りはじめました。すると、“Dolly  Wink”のメロディーが流れて一万点アップされました。しばし夢中でゲーム機をいじっていたのですが、見渡せば小、中学生とアホ面の大学生ばかり。アホくさくなって店を出るとすっかり暮れていました。おかげで、黒い人の足跡はよっぽど眼を凝らさなければ見えないくらいになっていました。が、今度は白い粉を踏んだような猫の足跡を一筋見つけました。そいつは道路を横切って“白薔薇”という純喫茶に入っているようです。この喫茶も学生時代はよく入ったものです。健在とは本当に嬉しい限りです。中は以前と同じように薄暗いままですが、壁も天井も鏡張りに変わっていました。そのせいか奥行きがとても広く感じられます。アメリカンを注文してトイレに入るとその中まで鏡張りでした。そのうえ、便器の向う側の壁もやはり鏡で出来ていて、それはどうやら開き戸になっているらしく、ノブがついているのでした。なんだか気味が悪くなって出かかっていたものも引っ込んでしまいました。 引き返してテーブルに着くとウエイトレスがコーヒーを運んできました。なるほど、床が鏡張りであることの意味がよく解かりました。 女は隣にかけて僕の方を向くなり「お久しぶりねえ、お元気」と微笑んできました。全く見覚えの無い顔でした。女は僕の左手をとって自分の胸に忍び込ませてきます。「私、今も高円寺に住んでいるの。」まるで思い出してくれ、と言わんばかりです。よしてくれ俺には全く身に覚えのないことだ。こんどは右手をとって太腿に押しつけてくる。ひょっとすると・・。悪い記憶が蘇ってきました。―――許してくれ。若気の至りだ。子供が新しく買ってもらった玩具を壊してみたくてしかたない衝動に駈られるのと同じことだったんだ。軽い気持ちでちょっと分解してみただけなんだから。「トイレ、トイレに行って来る。」僕は彼女の手を払いのけて立ち上がりトイレへ駆け込むと、先程ここへ入った時に見た便器の向う側のノブを思いっきり引きました。長い鏡の廊下が続いています。 恐る恐る歩いてゆくと、ゴーっという猛烈な音がして銀色の電車が入ってきました。鏡の廊下はいつの間にか、地下鉄のホームに変わっていたのでした。ドアが開くと僕はほぼ発作的に電車に足を踏み入れていました。何故か僕にはこの電車が三鷹行きであることが解かっていました。行くあてはないが、ともかく終点まで行こうと思いました。でなければ、とても動転した気持ちが元に戻らないと思ったからです。落ち着きを取戻すだけの時間が欲しかったのです。それなのに、死んでもいやだと思った高円寺で降りるはめになったとは・・。 高円寺の駅に着いた時、窓を突き破って女の悲鳴が僕の耳を射抜きました。僕は驚いてホームへ飛び降りたのですが、僕をホームに残したまま、電車は何事もなかったように発射してしまったのです。見渡すとホームは血の海でした。それにも拘わらず、ホームを歩く人々はそんなことはなんでもないと言ったふうに歩いて行きます。ある男女は腕を組みながら、ある老人は新聞を読みながら・・。よく見ればそれは血ではなかった。またしても、足跡だ。こんどは赤い足跡だったのです。でも今度は例の片足偏平の足跡ではない。ちゃんとした土踏まずがくっきりとついています。なんとなくあの女のもののように思えて不愉快でした。 改札口を出ると赤い足跡は南口を這って右の道路に伸びていました。僕は敢えて北口へ向いました。通りを歩いていると、道路の片隅にところどころ雪が残っているのが目に入りました。と、ふと気付きました。雪の上には必ず猫の足跡がついているのです。なんとなく疲れを感じ始めていた僕には、それがもし神のものでないにしても僕が従うことを宿命づけられた悪魔かなにかの啓示のように思えました。僕はその足跡の一つ一つを踏みつけて自分の靴の跡に変えて歩き続けました。雪の足跡は一つのマンションの前で、滴る水の足跡に変わって階段を上ってゆきます。それは、九階の「猫堀忠助・ミー」と書いた表札のある扉の前で消えていました。「猫堀忠助 ミー」―――それは確かに懐かしい名前でした。親友の名前です。でも、あの仲の悪かった二人が結婚していたなどとは思いもよらないことでした。こんなふうに貴夫妻のことを言うとお叱りを受けるかもしれませんが、それが正直な気持ちだったのです。 チャイムはトムとジェリーのテーマソングになっていました。ドアの内側からミャ〜オというような声が聞こえてきて、しばらくしてドアが開きました。「本当にお久しぶりね、亀戸さん、その後お元気でしたか」ミー君は昔と少しも変わっていませんでした。「さあ、お待ちしていたのよ。チューちゃんも腕によりをかけてネコラーメンを作って待っていたのよ」 何故、あの時貴夫妻は僕が来ることを知っていたのか不思議な話です。でも、何故だったのか、僕はあの時、その事を少しも不思議な事とは思わず、寧ろ当然のことのように思って、ご馳走を戴きました。 チュー君はしばらくみないうちにめっきり白髪が増えて、雪のような頭になっていましたね。いや、そういう表情はまずい。雪は雪でも道路の隅に残って半分泥をかぶった東京の雪の意味なんだから。「東京で、美人の嫁さんを貰うと、男はみんな、こんな頭になるんだよ。」 チューくん、君は九階の窓から、夜の高円寺を見ながら話してくれましたね。僕はその時、君と一緒に窓から外を見ていました。そして、ある一つの発見が僕に身震いを起させたのです。 東京特有のほの白い夜の灯りが醸しだす高円寺の街は、あれほど複雑に入組んでいるにも拘わらず、九階から見ると、なんと単純にも一つの巨大な猫の足跡でしかなかったのです。「亀戸さん、粗茶をいっぷくどうぞ。」 僕はミー君が入れてくれた抹茶をおいしく戴きました。そして、三度回して茶碗を返しました。「亀戸さん、あなたは、私が愛知裏千家ミー流の家元であることは知っているでしょう。では、礼を尽くして下さい。」 僕は申しわけないことをしたと思って、正座をしてやり直しました。「いち、に、さんど回してニャンコの目、クル、クル、クルのニャンコの目、あなたも私もニャンコの目、ケッコーけだらけニャンコの目、桜島はハイだらけ、ハイだらけの柿右衛門、ネコをかぶってニャンコの目、クルクルクルッのニャンコの目」そして、四つんばいになり、お尻をつきだして茶碗に顔を近づけてその模様を拝見しました。本当に素晴らしいベッコウ猫の絵が描いてありました。「お返しに僕にもいっぷくたてさせて下さい。」「亀戸さん、では、この茶筅で僕にたてて下さい。」チュー君が、僕に手渡してくれた茶筅は本当に珍しいものでした。普通茶筅は竹で出来ているはずですが、そうではないのです。白い色でなんだかとても艶かしく感じるのです。お茶をたててみて、我ながら感心しました。柿右衛門の朱の上に、渋緑のミルキーな小さな泡がびっしりと水草を敷きつめたように浮いているのです。「これはすばらしい。亀戸さんがこれほどの腕前とは知らなかった」チュー君は喜んで飲んでくれましたね。本当に有難う。あんな素晴らしいお茶をたてることができたのは、本当にあの茶筅のおかげです。僕は君が昔、鬚を伸ばしていたことは知っていたが、まさかあれが・・。チュー君はいつの間にか寝てしまったので僕はミー君と二人で遅くまで話していました。ミー君が僕に風呂をすすめるので入ることにしました。湯船につかっていると、戸の向側からミャ〜オと聞こえてきました。声はすれども姿は見えぬ。僕は猫の姿をまだ見ていないことに気付きました。風呂から上がって廊下の上を素足で歩くと、足跡がペタリ、ペタリ。なんとその足跡は、片足偏平足―――馬鹿馬鹿しい話ですが、それは、自分の足跡だったのです。 ミー君が今度は風呂に入ったので、僕は、残っていたネコラーメンのスープを飲みながら鮨を食べていました。すると、部屋に可愛いピンクの猫が入ってきて、僕の顔を見て、ニコッといかにも照れくさそうに笑い、トコトコトコッと洋服箪笥の引出しをあけて、一枚のパンティーを取出して、また、トコトコトコッと部屋を出てゆきました。流石、よく教育された猫だ。僕はてっきり貴夫妻がメイドの代わりに飼っている猫だとばかり思っていました。 ここまでお話すれば、後は、貴夫妻が・・あなた方のほうが・・ああ・・あああ・・僕の尻尾が・・ああ・・あああああ

 

 

(後編)尻尾で書かれた話

 

 

君はお母さんのオッパイの味を憶えているだろうか。憶えていない。とすると、隣家のお姉ちゃんのオッパイをおねだりして折角吸わせて貰ったのに、出ないと言って癇癪を起こして、挙句の果てに生えたばかりの歯で非人道的な試噛(ためしがみ)なる行為をしたことも、そしてそれが原因でお姉ちゃんの将来が歪んだものになってしまったことも君は知らないと言うかもしれない。 なるほど忘れるということは、人間が持っている優れた能力の一つだろう。だが、このような君が忘れてしまった出来事をさえ憶えていてくれるのが歴史であったとしたら、それは嬉しいことではなかろうか。 これから歴史が話してくれる事実は、君にきっと、オッパイの味とそれをしゃぶりながら見たあの日の光景を在り在りと思い起させてくれるに違いない。 2002年初夏、帝国都警は東京、特に高田馬場付近で猛威を揮っている雌猫ミーをドン(首領)とする野良猫軍団を捕らえるために東京中のマンホールの蓋をはぐり、その上に木天蓼(またたび)のエキスを擂りこんだ薄い発泡スチロールの板をかぶせて落とし穴を作って張込んでいた。 ところが肝腎な猫は一匹も掛からず、いつも落し穴の底で猫いらずの入った餃子を食って悶えているのはピンクの水玉模様のヘルメットを被ったカゲリ派(翳り派)と呼ばれている学生ばかりだった。 そこで警視庁から依頼を受けた平和(ピンフ)警備有限会社は、FBI及びKGBに協力を要請するとともに秘蔵のタイムマシンにより、2023年の資本主義社会から最新鋭のコンピューター機種である伊立(イタチ)NFJT(ネコフンジャッタの略称―――通称ネコフン)を購入してドン・ミーの弱点を徹底的に究明することにした。 コンピューターを購入するための資金の調達はタイムマシンさえあれば簡単である。それは、2014年に隆盛を窮めているマチ金会社ネコムから借入すればよいのだから。利息は高ければ高いほどよい。何故か?―――計算してみれば一目瞭然。2002年に借りて2014年に返済するのであれば借りた金額の倍以上を返さなければいけないだろうが、逆なのである。2014年に借りた金を2002年に返すのである。これだけヒントを与えればいかに数字に弱い読者諸君でもお解かりだろう。 一方、次々と仲間を失ってゆくカゲリ派ピン玉戦士会会長猫堀忠助は、このままではすまされないと思い、思案を重ねたが名案は浮かばなかった。そうしている間にも、一人また一人とピン玉戦士は穴へ落ちて行く。落ちることはすなわち堕ちることである。猫いらず入りの餃子を一度食した戦士達はその味が忘れられず、彼らはついに中毒にかかってしまったのだった。 そんな訳で、彼らは木天蓼(またたび)の匂いを嗅ぎ付けては発泡スチロールの板を破ってその中の餃子、猫いらずの入った美味しい餃子を貪り歩くようになったのだ。斯くしてピン玉戦士は、堕ちることの意味も推考することもなく自らの神、ケール=クスクスを蔑ろにし、猫いらず入り餃子の前に跪いたのであった。 哀れな会長猫堀忠助は、自分達の真の敵は国家権力などではなく、ひょっとすると猫ではなかったのか、などとちょっぴり反省していたせいか、ふと、「猫は世につれ世は猫につれ」という言葉が鼻歌交じりに飛び出した。猫堀忠助会長は、そうだと思った。ラーメンの屋台をはじめることを思いついたのだった。 彼がはじめた猫いらず入りラーメン、略してネコイランメンは開店の日より爆発的人気を博した。欲求不満の状態にあるヒトの内臓はマゾヒスティックに出来ている。そのことを踏まえて味付けされた彼のラーメンは天下一品であったのだ。ちょっぴり辛い舌触りは、甘くドロリと喉を伝わり、脈をうって胃を流れ、腸の内部で爆竹を鳴らしているような感触がなんともいえない。もはや餃子などはメではない。 斯くして全てのピン玉戦士は一糸乱れることなく屋台の前に整列して、頭からヘルメットをはずし忠助会長に一礼した。いまやヘルメットを頭にかぶるのはナウ(現代的)くはないのだ。食器にして使うのが最もナウい方法となったのだ。ここでは下部構造が上部構造を規定するかどうかは多分問題にはならないと思うが・・。ともかく彼らはもはや翳り派ではなく過下痢派となったのだった。 さて、最新鋭のコンピューター=ネコフンを導入した甲斐があってか平和(ピンフ)警備有限会社は、ついに首領(ドン)ミーの弱点を探りあてることに成功した。ミーは色男に弱いことが暴露されたのだ。2010年代のものならばここまでがコンピューターの仕事である。多少性能のよい機会でもせいぜいパターン認識によりイギリスのウィリアム王子が好みかモナコのアンドレア・カシラギ王子がよいかそれともHydeが相応しいかを判断する程度である。ところがネコフンともなればそんな怠惰な仕事をすることはプライドが許さない。なにしろ人間の人間たる所以、すなわち人間性なるものがどんどん退化し且つ退化し続けている2020年代を尻目に一人進化を続けている機械の意気込みはそんな生易しいものではない。彼は虎視眈々とポスト人間を窺っているのだ。そして、人間が人間性なるものをデオキシリボ核酸の上に見出そうとしている限りその日も真近かであると彼は確信しているのだ。 ひょっとしてネコフンのやつ哲学をするのでは?―――などと思う読者がいたら、それは彼に対する最大の侮辱である。機械は禁断の木の実を食うほどいやしくはないのである。彼はFBI、KGB及びゲシュタポの生残りが収集した全世界の色男に関する資料を分析し、首領ミーの定義する色男に最も近い実在をキャッチしたのである。なんとその男の名が猫堀忠助であるとしたら、世界はあまりにも狭すぎるのではないかと思われるかもしれない。しかし、それは事実である。当時、世界の全ての国、全ての都市、全ての町村は皆、高田馬場に隣接していたのだ。 議論沸騰の末、帝国都警は、今では足を洗ってラーメンのチェーン店を経営することに熱意を燃やしている猫堀忠助氏に“囮(おとり)作戦”の協力を求めてきたのである。つまり忠助氏に囮になってくれないだろうかと。猫堀氏は生来他人に頼み事をされると断れない性格であったので二つ返事で引き受けたが、すかさず条件を出してくるところなどは憎い。すなわち、今後5年間警察官の昼食メニューはネコイランメンに限らせたのであった。 商売繁盛は約束されたものの「ヒトはラーメンのみにて生きるにはあらず」という言葉が寝不足の頭の中で雲のようにフワフワしているのを感じているせいか、あるいは猫とは言え自分に好意をもってくれている異性を裏切るという罪悪感に耐えかねてか、猫堀忠助はなんとなく落着かない様子だった。 帝国都警は“囮作戦”を実行する前にマスコミの機嫌を取ることを忘れなかった。ヘタをするとミイラとりがミイラとなりかねないご時世だ。そこで事前に猫を処罰するための大義名分を吹聴する必要があったのだ。先人が言ったようにいつの世でも一般大衆が知りたがっていることは“キリストが何を言ったか”ではなく“キリストが処女の胎内から産まれ出たかどうか”ということである。世間に野良猫どもの悪行を訴えるための最も効果的な方法は、彼等が行った悪事を逐一報告するのではなく、彼等の首領であるミー個人のスキャンダルを流布することである。それならばテレビや週刊誌が最も得意とするところであるので、帝国都警としては特に積極的に行動することもないのである。ただ一度だけ記者会見により、首領ミー一派が昨夜高田馬場のスナック“ドビン”で右竹氏を嚇してスルメ三枚を盗み、西早稲田の矢吹邸を襲って食いかけの鯵の干物を一枚無理やり住民(まがりにん)の西山氏より強奪したといった内容の事実を発表すれば、そのあとは自動的に首領ミーの出生の秘密から今日に至るまでの極悪非道な実態が明らかにされることは間違いないのである。なにしろ、お尋ね者の猫騒動というのは我が皇国では未だ嘗て一度もないのであるから。勿論、多少の尾鰭はつくかもしれないが、ミーの場合、尾は既についているものだから大目に見ようではないか。 どうやら記者会見が始まったようだ。読者諸君、さっそくテレビのスウィッチを入れて見ようではないか。・・・ガ〜ッガガ〜〜ガガァガ〜ッガガ〜〜ガガァガ〜ッガガ〜〜ガガァガ〜ッガガ〜〜どうしたんだ??ガァガ〜ッガガ〜〜ガガァガ〜ッガガ〜〜ガガァガ〜ッガガ〜〜#$!

 

(あとがき股はあとあがき)取敢えず蒼鬼に注意 諸君、人生股は猫生なんてものは須らく今は昔、股は昔は今なのである。生きすぎた猫の尾は双股に別れ、各々ペンを掌り言葉を伝って巧みにヒトの体内に侵入し心の壁に、鬼の落書きをすると言われていることは、詩人なら誰でも知っていることだ。二匹の鬼。一匹は“嫉妬”であり、それは他者に対し無意味な攻撃を有形無形のうちに行う。嫉妬は燃盛る赤鬼である。もう一匹は“自己嫌悪”である。こいつは何もかもを無気力にしてしまう。人の心から血の気を抜き取ってしまうのである。それは貧血の友、蒼鬼である。彼等に捕まる時はいつも決まっている。それは自己の自己たる所以、他者の他者たる所以を見失った時である。私はもっと私自身でなければならないのだ。(了)